「神の冬 花の春」第6章の1

  • 2015.05.21 Thursday
  • 23:02
第六章の1
 大晦日の夜を、季里はベッドの中で過ごした。起きているだけでも、電気やガスは使う。ライフラインが危ない今では、無駄に起きているわけにはいかなかった。
 目が醒めると、元日だった。
 台所へ降りてみると、紘史がむつかしい表情で、テーブルに向かっていた。
「あいかわらず?」
 きいてみると、首を振った。
「なお悪い。ラジオも聴こえなくなった。……俺はとりあえず、屋根の雪を下ろすよ。この家は、四メートルなんて豪雪に、耐えられる作りじゃないからな」
 季里が、『私も手伝う』、と言おうとしたとき、固定電話が鳴った。紘史が飛びつく。
「もしもし。……ああ、お前らか。……季里。美砂から電話だ」
「美砂から?」
 季里は受話器を受け取った。
『季里。大丈夫かい』
「私なら、平気。美砂は?」
『今、図書館だよ。陣内も来てる。森本先生が気になってね』
「美砂のうちは?」
『ライフラインが完全に切れたんだよ』
 美砂は、いまいましそうに言った。
「そう……私もこれから、そっちに行く。何か欲しいものは、ある?」
『ちょっと待って』
 美砂は受話器を置いたようだ。遠い声で、『季里が何か欲しいか、だって』と美砂が言い、どうやら陣内らしい声が、何か言った。
 間もなく、美砂がまた受話器を持った。
『もしよかったら、コーヒー豆をちょっと譲ってくれないか、だってさ。……え? ああ、代金なら払うよ。こんなときには役に立つか分からないけど、金ならあるんだ』
「分かった。紘史兄さんに、言ってみるね」
 電話を置いて、季里はため息をついた。
 そう。この雪がなければ、東京では、たいていのものごとが、金を出せばどうにかなったのだった。だが、今、役に立つのは、自分の体だけだ。それだって……。
 季里はそこで、考えるのをやめた。
「紘史兄さん、私、図書館へ行ってくる」
 ダウンジャケットを着ている紘史に、季里は言った。
「おう。よろしく言っといてくれ」
「それでね」
 おそるおそる、季里は言ってみた。
「コーヒーの豆を、譲ってほしいんだって。お金は……」
「金なら、使えるようになってから、もらうさ」
 紘史はふっ、と笑った。
「コーヒー豆は鮮度が命だ。客の来ない喫茶店が、大事にしまっといたところで、酸化するだけだよ。……それより、大丈夫か」
 季里も笑って答えた。
「私だって、雪国の子だもの」

 もう着る機会もないだろうと思っていた、毛糸の帽子と耳当てをかぶり、分厚い毛のオーバーを着て、恭司の部屋にあった赤いショルダーバッグにコーヒーの豆を詰めこむと、季里は二階の自分の部屋から、外へ出た。
 紘史に言われて、スキーのストックを持っていた。いまは、風は激しくなく、雪は静かに、しかし確実に降り積もっている。ストックでひと足ごとに、目の前の雪を探った。どうにか固まっている方向を選んで、慎重に歩いて行った。
 商店街の道路は、最後まで人が歩いたと見えて、かなり低くなっていた。その細い道筋を、季里は、ゆっくりと歩いて行く。ときおり風が吹き、雪を舞い上げた。オーバーのフードをかぶっていても、冷たい雪が頬に刺さるようで、痛かった。それでも季里は、あきらめずに歩き続けた。
 それは、もしいるとするなら、気まぐれな神に、季里のできるただひとつの抵抗だった。

 新青森駅のシャッターが上がると、人がアリのように群がった。
「お客さまに申し上げます」
 メガホンを持った駅員が、声を張り上げた。
「盛岡、仙台、東京方面の青森新幹線は、関東地方の大雪のため、現在、盛岡−東京間で、全線運転を見合わせております。ご迷惑をおかけしますが、雪のため、運行ができませんことを、お詫びいたします」
 大半の乗客は、あきらめきれないようすで、駅構内をうろついていた。
 恭司には、どうしていいのか分からなかった。盛岡まで行けたとしても、そこから東京は、絶望的に遠い。けれど、あきらめることはできない――。
「相沢君?」
 耳のそばで声がした。
 驚いた恭司が見ると、なつかしい、しかし意外な顔があった。
「加野……」
「久しぶりだね」
 加野湘子は、微笑んでいた。

(この章、続く)

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久しぶりの、連載です。
この、旧シリーズ完結編で、早見さんがやりたかったことは、「夏街道」の加野さんを、もう一度出すことだったそうです。
それにしても、改めて、雪はたいへんですよね……。
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