「神の冬 花の春」第6章の2

  • 2015.05.22 Friday
  • 19:09
 商店街を抜けると、玉川上水沿いの道へ出た。
 季里は、上水に近づかないように、気をつけて歩いていた。この大雪の中、川にはまったら、レトリックではなく、死んでしまうだろう。
 ふだんなら十五分ほどで着く学校への道を、一時間以上かけて、季里は歩き切った。図書館は三階建てだ。入り口になっている窓は、すぐに分かった。
 長靴のまま建物に入り、声を上げた。
「先生、森本先生。美砂、陣内君」
 声が、階段に吸いこまれていった。
「季里。二階の閲覧室だよ」
 美砂の声が聴こえた。
 季里はやや早足になって、閲覧室へと降りた。防寒靴を履いて、ダウンジャケットを着た美砂が、ちょっとため息をついたように笑った。
「着てくれたんだね」
「こないわけがないでしょう」
 季里が答えると、美砂は頭をかいた。
「ああ、あんたならそう言うだろうね」
「美砂たちは、どうして来たの」
「それなんだけどさ。まあ、こっちへ入って」
 美砂は、書庫の中へ入っていった。季里は後を追った。

 書庫の奥にある資料室では、森本先生と陣内が、オーバーを着込んで、オセロをやっていた。部屋の中央に、石油ストーブがあって、やかんがかけてある。
「書庫の中で、ストーブをたいていいんですか」
 不思議に思って季里がきくと、森本先生が答えた。
「最初は一階の司書室にいたんだが、窓が雪に埋まってしまったものだからね。煉瓦の建物は、雪には強いはずなんだが、窓はそうもいかない。逃げてきたんだよ」
「そうですか。……陣内君、コーヒーの豆」
 ナップサックから豆の袋を取り出すと、陣内は手刀を切って、受け取った。
「ありがたいな。つけにしといてくれ」
「ううん。紘史兄さんが言っていたよ。豆は鮮度が命だ、とっておいても酸化するだけだ、って」
「一面の真実ではあるな」
 陣内はうなずいて、隅に置いてあったテーブルから、コーヒーミルを持ってきた。
「陣内。最初から、豆をもらうつもりだったの?」
 美砂が、眉をひそめる。
「もらうんじゃない。買うつもりだったんだ」
 豆を挽きながら、陣内は答えた。
「『ねむ』は売り上げが少しでも出る。俺たちはうまいコーヒーが飲める。この雪じゃ役に立たない金ってものが、ここでは使える。誰にとっても、有意義だと思うがね」
「そうだね」
 美砂の返事に、陣内は眉をひそめた。
「どうした。お前さんらしくないな。俺のことばに反論しない、ってのは」
「弱気になってるんだよ」
 むすっとして、美砂は答えた。
「あたしは、雪に遭ったことがないんだ。このままどこまでも埋まっていったら……って考えると、たまらなく怖いんだ。――笑えよ」
「笑いやしないさ」
 陣内は、落ちついて答えた。
「俺も、こんなに雪が怖いものだ、とは思わなかったさ。水淵は違うだろうがね」
「そうでもないよ」
 季里は首を振った。
「北海道でも、街の中で雪が積もるのは、多くても二メートルはいかないもの。雪が積もれば、道はせまくなるし、つららが落ちてくることもある。私だって、こんな雪に遭ったのは、初めて。だから、やっぱり怖い」
 静かな図書館のどこかで、みしっ、と音がして、季里たちは身をふるわせた。
「こうなったら、神頼みだね」
 ため息交じりにつぶやいた美砂に、季里は、ハッとした。
「神……」
「神がどうかしたのか」
 森本先生が、アルミのマグカップに入れたコーヒーをすすりながらきいた。
「私、会いにいきます」
「神さまに?」
 美砂が声を上げたが、あまり、驚いているようすもなかった。
「まあ、水淵なら、あり得ることだな」
 陣内がうなずく。
「できれば、俺たちが死ぬ前に、止めてくれるように頼んでくれ」
「うん。だから、……生きのびて」
「不吉なこと言わないでよ」
 美砂が顔をしかめたが、すぐに首を振った。
「これだけの雪だと、ほんとうに心配だね。季里、待ってる」
「うん。みんな、気をつけて」
 季里は笑って、部屋を出た。

(この章、続く)
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物語が進むにつれて、前のところをやり直したいところが出てくるのですけれど、とりあえず、書き終えてみないと、それもできませんので、先に進ませて下さいね。
この物語は、『水路の夢』の続きなので、私の生まれが北海道とか、店の名前が『ねむ』とか、直してあるところも、多くあります。そこも、分かって下さい。

 
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